わた
以前、【帰国子女は空気読めない案件】「あるある」を帰国子女が考えてみたという記事で、多くの日本人が帰国子女に抱くステレオタイプ像について、帰国子女である私がどう考えるか少々辛口にご紹介しました👀
その中で、多くの日本人が良くも悪くも帰国子女に対して「羨ましい」と思っていることも取り上げました。
が!!
わた
ということで、今回は逆パターン:帰国子女の私が「日本育ちの人が羨ましい!!!」と思うことをご紹介します😘
- 帰国子女が日本育ちの人をぶっちゃけどう思っているか知りたい人
- 帰国子女にとって当たり前じゃない、日本育ちの人の当たり前を知りたい人
【帰国子女は空気読めない案件】「あるある」を帰国子女が考えてみた
「地元」や「故郷」がある
日本に帰国して周りの人と接する中で、日本育ちの人が羨ましいと思った一番は、「地元」があるということ。
確かに16年間ずっとペルー🇵🇪のリマに住んでいました。
ですが、正直いわゆる「地元」という感じはしません。
「地元」という言葉の定義や使われ方は人それぞれですが、私の感覚では:
- 生まれ育った、もしくは幼少期を過ごした場所
- 土地勘があり、愛着を感じる場所
- 幼馴染がいる場所
- 実家がある場所=家族がいる場所
ざっくり上記に当てはまる場所のことを「地元」と呼んでいるイメージです。
英語でいうところのhometownがなくて、いつも答えるのが難しいというかめんどくさいというか(笑)
スペイン語のtierra natalだと、まんま出生地になっちゃうし🤔
私の場合、ペルー🇵🇪リマは上記4項目のうち、「幼少期を過ごした」「土地勘があり、愛着を感じる」の2点は当てはまるのですが、肝心の「幼馴染がいる」「実家がある、家族がいる」が当てはまりません。
【マルチリンガルへの道①】バイリンガルが帰国子女トライリンガルになるまででもご紹介していますが、小中学校で通ったのは日本人学校、高校はインターナショナルスクールでした🌎
私の家族のように10年以上もペルーに滞在している人は圧倒的少数派で、日本人学校でも、インターナショナルスクールでも、基本的に2〜3年の滞在がほとんど。
つまり、学校の知り合い・友達は、2〜3年経つと母国に帰国し、短いサイクルでメンツが入れ替わります。
要は、現在、本当に一部のペルー人🇵🇪を除けば、知り合いがいない状況。
そして、家族はというと、両親は日本🇯🇵に帰国、兄はアメリカ🇺🇸に定住しているので、家族もペルーにいません。
つまり地元としての場所はあるのに、人がいないんです😭
別に「地元」がないからって何か困るわけでは全くないですが、学生時代にはお正月や長期休み明けの「地元に帰ったらさ〜」トークが羨ましかったものです😅
【マルチリンガルへの道①】バイリンガルが帰国子女トライリンガルになるまで
方言が話せる
一つ目の「地元」があるということにもつながる点ですが、方言が話せることは、本当に羨ましかったですね😳
と言われそうですが、この方言というのが私にはすっごく魅力的に聞こえるんです!!
もちろん、いわゆる標準語(東京下町ことばや首都圏方言)しか話せない日本育ちの人もかなり多いのは分かっているのですが。
特にイントネーションや語尾が明らかに標準語と違うと、すごくほっこりします☺️
通った大学では九州出身の生徒が多かったのですが、標準語と打ち解けた時にぽろっと出てくる方言のギャップが羨ましかったです(笑)
わた
ちなみに私の父は名古屋、母は北九州の出身で、決して標準語ではないはずなのですが、家庭内では「標準語」と言える感じの日本語を話していました。
6年間通った小中学校でも、先生たちや友達は日本各地の出身だったのですが、どういう訳か、私の日本語は割と標準語のようです💦
私はペルー育ちですが、判定結果は武蔵(東京都)でした😅 父は名古屋、母は北九州出身なんですけど。
こんな小さな島国でさえ難解な方言に満ち溢れているのだから、大陸をまたいでいる英語や仏・西・葡語に通じないぐらいのバリエーションがあっても不思議じゃないですね。https://t.co/2NOc1bHsyE
— わた🌎マルチリンガルブロガー (@norinoricotton) 2018年1月20日
以前、東京女子大学の学生が作成した出身地鑑定方言チャートでの判定結果は武蔵(東京都)でした😅
ですが単語ベースでは若干なりとも、いろいろ西日本に影響されているようで、「物をしまう・片付ける」ことを「なおす」(西日本方言)と言ったり、「歪んでいる」を「よがんでいる」(九州?)と言ったり、あとは何かがすごく熱い時に「チンチンだ」(名古屋・三河弁)と言ったりします。
ちなみに「チンチン」のイントネーションは「淡々」「坦々」と同じ感じですよ😳(笑)
地域によっては「方言が恥ずかしい」と思う方もいるようですが、その人が生まれ育った背景が垣間見えて、すごく魅力的だと思います😊
ジェネレーションギャップを共感できる
三つ目は、日本育ちの人同士ジェネレーションギャップを共有・共感できること!
これは今でも羨ましいです😂
ジェネレーションギャップにもいろいろあって、もちろん世代間でもギャップに感じるものは違うと思うのですが、代表的なのは、ある特定の時期に当たり前だった習慣やマナー、もしくは流行した曲やゲーム、CM、流行語などでしょうか🤔
「時代遅れ」といったネガティブなイメージで片付けられてしまうこともあるジェネレーションギャップも確かにあると思います。
が!!
私が考える羨ましいジェネレーションギャップの味噌は:
- 世代が違う人同士「そうか〜、ちょっと世代が違うのかぁ〜」と年の差を噛み締め
- 世代がドンピシャリと一致した人同士「あぁ!分かる分かる!めっちゃ流行ったよね!懐かしい〜」と意外な共通点を見つける
どちらのパターンにしても今共にこの時代を同じ場所で生きている人同士、時代の変化・自分たちの変化をしみじみ認識することだと思うのです😌
しかし、これはお互いが同じ文化・同じ場所で生活をしていない、もしくはしてこなかったとなると、そもそも比較の対象にならず、いわゆるジェネレーションギャップにならないのです😭
というわけで、多感な16年間を日本で生活していなかった私は、このジェネレーションギャップの共有・共感はできません😂
日本に帰国して、そろそろ7年が経とうとしている現在、若干ではありますが、ようやくちょっと共感できるジェネレーションギャップができつつ…ある感じです(笑)
日本の「食」が当たり前なこと
海外、特に先進国や大都会ではない場所に住んでいる方には共感してもらえると思うのですが、日本の「食」って海外にいると本当に貴重です。
「世界中に日本食レストランができて、外国人に愛されている!!」
なんて報道やニュースをよく目にしますが、日本食や日本食材がまるで日本にいるのと同じように同じ値段で手に入るというのは本当に限られた一部地域にとどまります。
地球の裏側のペルー🇵🇪もその例外ではなく、いくら日系人の数が南米第2を誇り、日系スーパーがあるとはいえ、やはり日本食は貴重なものでした。
日系人が多いのと、たまたまご縁があって、日系人の方が作っている味噌や納豆、豆腐、練り物類、こんにゃくなどは手に入りました。
また幸いなことに中国系の人も多いため、ペルー料理ではあまり使われない白菜やニラ、ネギ、モヤシ、大根、カブ、ゴボウ、レンコン、里芋などが、希少ではありましたが手に入ったので、家ではおそらく日本の一般家庭並みに和食を食べることができました。
でも、現地では流通していない日本の加工品は、本当に本当にレアでしたね😂
特にお菓子類😭
日本のお菓子って、もう他とは比較できないぐらいクオリティーが高いんです!
それはもう、昔ながらのお菓子から、今どき(?)のお菓子まで🙌
家族や友達が日本のお土産に持ってきてくれたお菓子は、もう袋の底の粉まで残らず食べてました。
わた
日本に帰ってきてだいぶ経ちますが、今でも日本のお菓子は、しみじみ美味しいなぁ、とありがたく頂いています🙏
ちなみに、私のお菓子の好みはNori曰く「おばあちゃん👵」みたいだそうで、かりんとうや金平糖、おせんべい、どら焼き、たい焼き、おはぎが好きです😋(笑)
あ、ペルー料理やペルーのお菓子が美味しくないなんて言ってませんから!!!
めっちゃ美味しいです❤️
まとめ〜ない物ねだりは人間の性?〜
今回は、帰国子女の私が「日本育ちの人が羨ましい!」と思うことをご紹介しました😘
日本で育ちさえすれば、すべて叶うわけでもありません。
また「そんなこと羨ましいか??」「別に必要?」と思われることもあったかもしれません(笑)
自分にとって当たり前な何かが誰かにとっては羨ましく、また相手にとって当たり前な何かが自分にとっては羨ましい。
でも、人間やっぱりない物ねだりなんだなぁとこの記事を書いていて思いました😅
もっと日常の当たり前を大事にしたいですね😊